March 01, 2018

  ★必読!シスターひろみとは何者?シスターひろみの熱き想い♪★

 パントマイム伝道師♪シスターひろみとは、
 
 一体なんなんだ?
 何でできてるんだ?
 どうして、「パントマイム伝道師♪」になったんだ?

 という疑問をお持ちになりました方は、
 
 どうぞ、以下の
「パントマイム伝道師♪シスターひろみ(細川紘未)の
 熱き想い」
 を、お読みください♪
 
 これを読みますと、以下のようなことがわかります♪

  1.シスターひろみの幼少期の環境と性質。

  2.シスターひろみがパントマイムが向いていたわけ。

  3.なぜ、パントマイム伝道師になったのか。

  4.シスターひろみの理想の世界♪

  5.シスターひろみのミッション♪


  ※長文になります。
   
   
 

==============================



 ★パントマイム伝道師♪
     シスターひろみ(細川紘未)の想い!


「人生は最高に楽しい!」


と、大きな声で云える私は、
本当に恵まれてる♪

 
なぜ、私がこんなことを云い切れるのか?

それは、
私が「私自身の自己表現の方法」に、
おかげ様で出会えることができたからである。




(もちろん、
この境地に達するまでには多くの方と同じように
泣いたり苦しんだり山あり谷ありの人生でしたよ。


色々とあったけど、
その話は別な機会ということで、
ここでは割愛させていただく。)

 
人が生まれるのは、
自分という存在を表現するためだ。
(と最近は確信している。)


その人が
「持って生まれた才能を開花させるための道」が
人生だ。

 
この時代、

この場所で、

この環境で、

人はその人生を始める。


そして、自分を表現する方法を探す。
(環境がそれを許さない場合もある。)

 

各自の才能は
千差万別。


でも
神様から何かしらの才能をいただいて
この世にやって来る。

 

「才能」には、ささいなことも含まれる。


例えば、
片づけが上手とか、
食べるのが好きとか、
力仕事が上手とかもだ。

 

ささいな才能でも、
それに気付き(あるいは気付かず何となくでも)、
時間を掛けて取り組む
(「天才=1万時間」の法則は昨今では有名)と、

社会の大きな財産になったり、
後達の生きる希望となることがある。

 

ささいな才能ながら、
それが開花すると

社会で認めら、
社会に貢献することができる。
 

人生での喜びは、

「人から感謝されること」に

ある。

 
多くの人に
「ありがとう」を云われることほど、
うれしいことはない! 
 

「あなたが居てくれてよかった!

 存在してくれて本当にありがとう!」


この言葉は、
本当にうれしい。


(昨今、社会起業家が増えているのもこのせいだ。

人々は、
お金を沢山持っていることよりも、
自分が社会貢献できていることに
喜びを感じてきている。


しかも、
感謝されると自然とお金も集まって来る。

お金は感謝の気持ちを表現したものだからだ。)

 
自分の持って生まれた才能で、
社会に貢献できることは
人として
この上ない喜びだ。

 

私の場合、
「パントマイムの舞台表現」と出会うことで、

私の持っていたささいな才能を
おかげ様で
開花させていただくことができた。

 

おかげで、

人生がサイコーに楽しくなっている!

ということである。


 

私はこの表現に
長年取り組ませていただくことができたため、


おかげ様で10年前より、
パントマイム専門スクールを開設することができ、

生徒さんがやってきてくださり、
パントマイムの舞台表現と教え業で

食べて行くことができている。

 

5年前から(高卒の私が)
東京造形大学の非常勤講師として、
大学で教鞭を執らせていただく好機も頂いている。

 
最近は、
マイムトループ★グランバルーンとして、
海外にも公演をさせていただく機会を得、


「イスタンブール国際マイムフェステイバル」や、
「台湾人形劇フェスティバル」
「インドネシアバリ島のフェスティバル」に
参加させていただいたりしている。

 

2013年、2014年と5回に渡り、
パレスチナ、ヘブロン市での教育支援事業として、

ワークショップと公演をさせて頂き、
地元の小学校でもパン活をさせて頂いた。
(パン活とはパントマイム伝道活動の略。)


パントマイムは言葉を必要としない分、
ボーダレスな表現なので、
観客にダイレクトに伝える表現なのだ。

 

おかげ様で、
世界を股にかけて活動させていただくことが
叶っている。

 

それは、
私に本当に大きな喜びをもたらし、
生涯をかけて、
取り組む私のミッションになっている。


(これまで出会ってくださった全ての方、
 全ての事象に本当に感謝しています。)

 
今、
このような幸運を得させていただいている私だが、

もしも「パントマイムの舞台表現」に
出会っていなければ、
どうなっていただろう。


 

話は子どもの頃に遡る。

(長くなるのでご興味のない方はここは飛ばして、
 パントマイム習得に進んでください。)

 
パントマイムに出会う前、
というか、
小学生の頃の私は、こんな感じだった。

 


●勉強はほぼできない。

 図工の授業だけは好きだったけど、
 それ以外はほぼ5段階評価の下の方だった。(泣)

●発言力も無かった。

 勉強ができないから、

 意見も持つことも云うこともほぼ無かった。

●運動音痴。

 早生まれで身体も小さく、
 体力も無く、

 運動全般が苦手で、
 球技も、泳ぎも、走るのも、
 全部苦手。

 当時の静岡はサッカー大国で、
 女子サッカーも盛んで、
 小学校1年生の時からやっていた。

 同級生女子が12人しかいなかったので、
 6年になったら試合に出られると思っていたら、

 5年生の優秀な女子が出場していた。(泣) 
 私はいつも補欠だった。

 これは中学のバスケットボール部の時も同様だった。

 同級生の女子部員は6名。
 私は補欠でやはり、下級生が試合に出ていた。


 田舎育ちの人が
 みんな運動が得意ということではない。(苦笑)

 

●容姿もすばらしいわけでもなく。

 
 中学生の時に同級生から云われたれた一言を
 今も覚えている。

 「ひろみちゃんは、目だけはかわいいけどねぇ。。」(泣)


勉強ができず、

運動ができず、

容姿もよろしくない。


えーーーと、かなりしょんぼりな状態でしょ。

(といっても、
 性格は暗いということはなく、
 能天気な感じだった。)

 

でも、そんな私には、
ちょっとだけ好きなものがあった。

子どもの頃に好きだったもの、

それは、ズバリ、



「学芸会」!

 

何の取り柄もないし、
目立ちたがり屋でもなく、
声も小さく、

クラスでの存在感も薄い
大人しい女の子だった私なのに、

なぜか、学芸会が好きだった。

 
これは末っ子という環境が影響したと思われる。
 
つまり、家族の中で何かを披露する
(ピンクレディの唄とか?時代が判るね。^^;)と、

否定されなかったということだろう。

(絶賛もされてはいなかったと思うが。)

 
そして、
高校に行くと演劇部に入り
(中学の時は演劇部が無かった)、

高校を卒業すると何を勘違いしたか、
「女優になる!」といい、
上京するという決意をしてしまった!

 
お若いころは怖いもの知らずだというのは
このことだ!

(この時、東京の劇団のレベルの高さとか、
女優になるということはどういうことかとか、

東京はどういうところかとか、
全くわかっていない。^^;)

 

周りのみんなも呆れていた。

家族ももちろん反対したが、
東京に劇団の養成所の試験に
たまたま受かってしまい、

とりあえず、
1年だけという約束で上京を断行した。

(上京を断行する意思があった自分に
 自分でも驚いた。)
 

女優になる夢を持ち、
東京に出たはいいが、

案の定、
状況は甘くない。
 

いかんせん、
声も小さいし、
活舌もよろしくない。(致命的)

容姿も取り立ててよろしくもなく、
女子的体形(グラマーな感じ)でもないので、
色気も全くない。

(ほぼ、田舎から出てきた
 何も知らない野猿のようだったと思う。^^;)


今思えば、
この養成所に受かったことが

何かの間違い(運命のいたずら?)
だったかのように思われる。

 

案の定、
1年後の発表公演の後、
準劇団員になる審査で、
篩(フルイ)から見事に落ちることになった。

(「フルイから落ちる」って、今でも使うよね?
 なんならパントマイムで説明します!^^)

残念ながら、
とうてい女優になれるような資質は
持ち合わせていなかったのである。



約束の1年が経ったけれど、
私は、
田舎(静岡県清水)に帰る気には(全く)ならず、

その期限をなんとなく伸ばすことに(自分で)した。
(ここで、実家からの仕送りは断たれた。)

 
といっても、
養成所に行かなくてよいということになったとき、

これから先、何をして良いかわからなかった。
 
なんの当てもなかった。
(よくそれで、東京に居ようとしたものだ。)

 
ある日、
お友達(同じ劇団の養成所員だった)が、
パントマイムの舞台を観に行くと云い、

なんとなく、それに着いて行き、
パントマイムの舞台を観劇をした。

 
演劇の舞台は頻繁に観ていたけど、
パントマイムの舞台などという物は、
その時が初めてだった。

(が、その時は、
 それほどの衝撃を受けたわけでもなかった。)

 

その後、そのお友達が
そのパントマイムの学校(東京マイム研究所)に
通うことにしたというので、

私も「演劇の勉強になるかなと、

とりあえずは他に行く所もないし。」という感じで、

その学校に週3回通うことにした。
(当時の優柔不断さが伺える。)

すると、なんと、
自分でも驚くことに、
みるみるうちにパントマイムを習得し、

どんどん楽しくなってしまったのだ。

(これは、私の師匠である並木孝雄先生、
とっても優しい方だったからということにも起因する。)


そして、
習い始めて半年後に
「運命的出会い」をする!

並木孝雄先生のパントマイムの舞台、

「ラプソディ」を
観劇したのだ!


ここで、
これまでの人生最大の
衝撃を受ける!!!

「なんじゃこりゃーっ!?」というくらい
びっくりした!

そして泣いた!!(><)

「ラプソディ」は、
ボクサーの日常と試合のリング上が交錯して行く、
45分間の作品。

別段、すごくドラマチックなわけでもなく、
淡々としている。


最後のクライマックスも、とてもシンプル。

すっごく、エンターテイメントで楽しませる、
ということでもない。
 
なのに、観終わった後に、
涙が出たのだ!!!


そのことに自分でも驚いた!

(今思うと、
 魂がこの表現に出会えてことに、泣いたのだろう。)


こんな表現があるんだ!!
 
こんな表現の出来る人になりたい!!

と、思ってしまったのだ!

 
女優にはなれないと凹んでいた自分が

「シアターパントマイム(舞台表現のパントマイム)」
という表現に出会わせていただき、

次第に、自分の存在価値に
手応えを得ていったのだ!

誰も予想しない展開だった。
自分でも驚いた!

 
「わーーお!
 意外とパントマイムが向いてるんだ、自分!」と。
 

だって、パントマイムは、それまで、
全く自分の選択肢に無かったのだ。

 
というか、
全くパントマイムの世界を知らなかったのだから
選択肢にもならなかったのだ。

(当時のパントマイムのイメージは、
 白塗りのピエロような感じだった。)

 
ところが、
パントマイム表現が段々好きになり、

段々得意になって、
段々この道で生きて行きたい、
と思うようになっていった。

 

そして、おかげ様で今、
この道で生きていけるようになっている♪


おかげ様で
パン活させていただく機会を
たくさんいただくようになっている♪

 

ほら、奇跡でしょ!!!

 

ではなぜ、私が
「みるみるうちにパントマイムが楽しくなっていった」のか?

 
ここで、話をもう一度、
小学生だった頃の私のことに戻そう。

 

(「また?」という声が聞こえてきそうだが、
ここはひとつの乗り掛った船だと思って
お付き合い頂こう!^^)

 

先述したように、
何の取り柄も無いように見えていた私にも、

今考えると、
ささいな才能を持ち合わせていたようなのだ。

(後から考えて、そう思った、ということ。)

 

私の子どもの頃に持っていたと思われる
「ささいな才能」とは以下だ。
(自己分析の結果)

 

 1.木登りが得意。
   (股関節が柔軟。)

 2.自然の中に一人でいても問題なかった。
   (口数が少なかった。)

 3.何かを見ることで理解しようとしていた。
   (観察力があったらしい。)

 4.田舎育ちだったので、
   情報過多ではなかった。
  (先入観がなかった。)

 

これらはご覧の通り、
ほおっておいたら、
才能とは云えないような代物だらけだ。(苦笑)

 

だが、これがパントマイムをする者のとっては、
功を奏することになったのだ。

(これも後から考えてそう思えたということ。)

 

それぞれについて検証してみよう。
(検証するほどのものでもないが。)

 

●1.股関節について。

子どもの頃は、運動神経はなかったが、
よく木登りをしたり、

家の中の柱を登ったりしていた。

家にたまにいらっしゃるお客様に、
柱を登り、自慢していた覚えがある。
(どんな特技だ?^^;)

おかげ様で、
股関節が柔軟だった。(これも後から気付いた。)

パントマイム体得における重要な要素に、
「重心移動」がある。

重心のある腰の移動がやりやすければ、
パントマイムがやりやすいのだ。

私は木登りと柱登りのおかげで
股関節が柔軟だったため、
なんと、
この重心移動がやりやすかったのだ。

そのため、
パントマイムの様々な動きが
意外とやりやすく、

お若かったせいもあり(今もお若いけど)、
習得も早かった。

 
そのため、
パントマイムをどんどん好きになっていった♪


おおっ!

なんとパントマイム向きの股関節だったことか!

 

 ※もちろん、股関節が固くても、
  パントマイムはできます!

  並木孝雄先生は股関節が固く、
  それによって生徒さん達に
  たくさんの希望と勇気を与えていた。^^)


●2.口数が少ないことについて。

 
私の田舎は、
静岡県清水の山の奥(ほぼ山梨県との境)にあり、

学年は1クラスだけで、
同級生は27名(その中で女子は12名)だった。
 
でも、山の中の小学校ゆえ、
みんなの住居は分散していた。

学校で私の仲良しのお友達は
学校から歩いて1時間の場所に住んでいた。
 

当然、いつでも一緒に遊べる仲ではなかった。

まわりに同年代の女子もほぼいなかった。
(それだけ人口が少ないということだ。)

姉や兄とも年が離れていたし、
両親はいつも家業である農業に勤しんでいた。
 

よって、だいたいは、一人で遊んでいた。

一人で遊ぶということは、
おしゃべりをする相手があまり居ないということだ。

おしゃべりをしていたとしたら、
木とか石とか稲とかと、だったであろう。

ということは、
当然、口数は少ない方だった。

(木とか石とか稲とかと
 問題なくしゃべっていたとしら、
 それはそれである意味ステキだ♪)

つまり、
とくに自分から話さなくても
何の支障もない子どもだった。

(今でもそうで、
 一日中誰とも話さなくても問題ない。)

世の中には
「しゃべることができないと生きていけない」という人も
多くいらっしゃる。

「お口のチャックを締めちゃうと死んじゃうよー!」
という種類の方々だ。

でも、私はそうでなかった。

おおっ!

なんと、パントマイム向きの口数加減だったことか!!
 
  ※もちろん、
   おしゃべり好きな方もパントマイムに向いていますよ♪

   おしゃべりが得意な方は
   論理的にパントマイムを理解なさるのも得意ですから♪ 
 

●3.観察力について。

誰かと話をする、
という時間が少ない環境だったので、

何かを「話す(語る)能力」よりも
「見る能力」の方が長けていたらしい。
(これも後から思った事。)

この「見る能力」が、
パントマイムには必要だ。

なにしろ、パントマイムを理解するためには、
(当然だけど)見なければいけないのだから。

「よく見て、自分の中で考える。」

「よく見て、違いが何かに気付く。」

このような能力は
とりたてて云う程のない能力だと思っていたら、

意外とそうでもないらしいということが
大人になってから分かった。

意外とみんな、
「良く見てない」んだなあ、と。

私がパントマイムを指導させて頂く際に、

「同じ動きをしてください」といっても、
意外と「同じ動き」になってないことが多いのだ。

あれ?
同じになってないよ、と思っても、
本人は気付かないことが多い。

つま先の方向や、
膝の曲がり具合、
手の位置や肘の曲がり具合など。

同じように真似ることが
意外と難しい。

パントマイムの重要なコンセプトは
「真似る力」!

(pantomimeの語源は、
「panto」が「全ての物」、
「mime」が「真似」!

 パントマイムは
「全ての物のの真似」なのだ♪)

「真似る」ことは、
「観察力」がないとできないのだ。

特に身体の動きについては。

おかげ様で私には、
じっと黙って観て考えるということが
意外とできたんだね。

おおっ!

なんとパントマイムに向いた思考法だったことか!!

 ※ なかなか真似できない人や、
  違いに気付けない人は、
  時間をかけて気付いて行けば良いのですよ♪

 
●4.先入観がないということ。

パントマイムは実際に無い物を在るように感じ、
見せて行く表現だ。

そのためには、
かなり純粋な(ひゅあな)心が必要だ。
(裸の王様のように。)

この「純粋な心」というのは、つまり
「子どもみたいな」、ということだ。


子どもの頃は
「ママゴト」とかって普通にできたでしょ。

何もない所に、ここが玄関で、
ここがお風呂で、ここがテーブルで。

この人形がお父さんで、
お母さんが自分で、この人形が子どもで。

「お父さん、お帰りなさい」

「ご飯をどうぞ」

「あら、もう寝なさいよ」

な〜んて感じで、
自分の中の想像力で

いくらでもストーリーを勝手に作って
遊んでいることができたよね。

何もなくても、
その空間を信じ、感じることができた。

でも、残念ながら大人になると
そのような能力は次第に消えてしまう。

「想像の中の世界」よりも
「現実の世界」の住人になってしまうのだ。

(まあ、大人になってもまだやっていたら、
 ある意味危ないので、それが正常だ。)

ある程度大人になり、
分別を知り、
複雑な人生を歩んだりして、
立場をわきまえる過酷な職場に長年いたりすると、

「無い物を在る用に感じ、
何も無い場所を想像の場所だと感じる」という

子どものような能力を持ち続けることは難しい。
(もちろん、例外の方もいらっしゃるのだろうが。)
 
でもパントマイムをするということは、
この「想像の中の世界に住む(居る)」ということと
同じようなものだ。

(「同じような」と申し上げるのは、
 実際はちょっと違うからです。詳しくはまた。)

「そんな、大の大人が、
 想像の中の世界に生きるなんて!
 
 ちゃんちゃらおかしいよ!
 付き合いきれん!」

とおっしゃる方が多いだろう。
(それが普通だ。)

 
「パントマイムをやる?

パントマイムで食っていく?

そんな雲か霞を掴むような話し!

社会のなんの役にも立たなそうなものに
なんで人生を捧げる?」

 そりゃそうだ!

パントマイムにお金の匂いは一切しない。

何か作品を物として(絵や陶芸のように)
残せるわけでもない。

今でこそ、
エアギターとかエアドラムとかの芸(?)があるようだけど、

パントマイムは最初っからエアーだ!

てか、ずーーっとエアーだ!^^)

エアーの中のエアー表現!


演劇のようなセットもないし、
衣装もないし、

しゃべる言葉もない。

ということは、状況を説明できるものは全くない。

演者の身体以外は。
 

こんな究極のシンプルさの中に
成り立っている芸術なのだ。


私が、
このシンプルな表現を
シンプルに捉え、
シンプルに感じることができたのは、

私のシンプルな田舎暮らしが
養ったのだろうと、思っている♪
 
ああ!

田舎暮らし、バンザイ!!\(^0^)/

 
 ※  都会でお育ちになる方々は、
   幼少期から、良い芸術に振れる機会も多く、

   刺激も多く、その分センスが磨かれる!

   そのセンスもパントマイムにとても重要だから、
   どちらがいいというわけではなく、
   どちらも良いということなんだけどね♪
 



ある人は、
ご自分の才能に気付き、

ある人は、
その才能に、気付けなかったりする。
 

それには、以下のような理由があったりする。

●試す術がない。

●その存在を知らない。

●お金になると思えないからやらない。


あるいは、
なんとなく気付いても、

本気でそれを試すことや、
人生を掛けることができない人も多い。

 
 ●時間を掛けられる環境が無い。
 (仕事や子育てに追われている。)

 
人生の時間には限りがある。

人生において、
自分の才能の開花に
時間を掛ける決心をするかどうか。

自己表現はお金で買えるものでない。
(買える物なら今すぐにでも購入したい♪)

 

これまで、
「パントマイムを演じる人、作る人」はいたけど、
「パントマイムを世の中に伝える人」が
いないということに
ある時、気づいた私は、

パントマイムを広く一般の人たちにお伝えする仕事を
まず、しなくては、と思い、

「パントマイム伝道師♪シスターひろみ」
という仕事を(勝手に)作った。


パントマイム伝道師♪シスターひろみの
お仕事は、

パントマイムの素晴らしさ、可能性を
多くの方にお伝えすること!

でも
真意は、
あなたにパントマイムを少しでも知っていただき、

あなたの中にあるその可能性に
気付いていただきたいから。

 
世界の情勢は今も不安定。

残念ながら。
 

今、
こうしてあなたが
このページに辿り着けるという
この環境(時間、境遇、状況)が

どれだけ素晴らしいことなのか!

 
そして、
パントマイムについて試すことができることが、
どんなに素晴らしいことか!


大概の人が、命を終えようとする時に想うことは、
以下の2つだという。

 ●「ありがとう」という、
   感謝の気持ち。

 ●「なぜあれをやらなかったのだろうか」という、
   後悔の気持ち。

 
つまり、

やって失敗したり、

大変なことになったことよりも、


やりたいと思ったことをやらなかった後悔の方が
大きいのだ!

 

選択肢が多いと云うことが
健全な民主主義の証し。

「パントマイム」という選択肢を得られる喜び。

 

選択肢を、試してみることが重要!

やってみて向いてなければ
すぐにやめればいいのだ。

なんでも試して、
自分の可能性にトライしてみないと!

人生の成功者と
そうでない人の違いはこうだ。

「やった」か、

「やらなかった」か。


つまり行動するか、
しないか、
のみの違いなのだ!

ご自分の才能は埋もれていて、
ご自分でも気付かない場合が多い。

とにかく気になったら
試してみることをおススメする!

なにも試すことなく、
「自分には才能が無い」と
嘆いている暇はない。

人生は以外と短いからね!

パントマイムにチャレンジしないで
人生を終えることも良いだろう。

でもせっかくこの世で
身体を持たせてもらっているのなら、

自分の才能の開花にトライすることを
強くオススメする!

それは人生の中で
本当に大きな喜びといえるからだ!

でも、今この時、
あなたは、このページを見ることができる幸運

(つまり状況や環境が
 それを許していると云うこと。

世界には、
PCからの情報や、
DVDや本を手に入れることが容易でない人や、

字を読めない人、
TV画面を持って居ない人も沢山いらっしゃる)がある。

しかも、あなたは
「パントマイム」になんらかの興味を持ち、
このページに辿り着いた♪

それ自体が、才能だといえる!!!

 
「パントマイム」に何の興味もない人は
このページに辿り着くことはないだろう。


例えば、私は今の所、
将棋ですとか、囲碁ですとか、盆栽ですとかを
検索することや本を手に取ることはない。

今の所、興味がないからである。

料理のページや本もほぼ開かない。
これもあまり興味が無い。


(もちろん、
 それぞれが素晴らしい表現ですが、
 今の私にはご縁があまりないようだということ。)

興味があるということ=
「才能の芽が隠されている」
ということだ。

でも、そもそも、

その、興味も持てる、持てない、
以前の状況がある。

それは、
「その情報に一切触れることができない」
という場合だ。


例えば、私の場合は、
「パントマイムの舞台表現」という物に出会ったのは、

東京に出てきてからである。

もしも私が
東京に出てくることがなかったら
下手をすると一生出会ってないかもしれない。

現に、私の田舎の周りの人達は、

人生で一度も
「パントマイムの舞台表現」を観たことが無い人が
ほとんどだ。

 
それでも何の支障もなく生きて、
一生を終えることができる。

問題ない。

でも、もしも私が
この表現に出会っていなかったらと思うと、

ぞっとする。

「パントマイムの舞台表現」が、
私の自己表現を成立させてくださったのだ。

もしもこれに出会っていなかったら、
私はどうやって生きていただろうか。
(まあ、別な才能を開花させていたかもしれないけど。)

踊ること。

絵を描くこと。

歌を唄うこと。

文章を書くこと、などなど。。

それこそ、山のようにある、
表現の手段、方法がある。


何かしらの表現で自己表現ができれば、
その道を極めることに
人生を捧げることが出来る。


今までの知っている表現で、
才能を開花させることができなかった方は
他の表現にトライしてみれば良いのだ。

何でも試す!

やらないこと、が、一番、良くない!

「自分には才能なんかない。」と
あきらめてしまうことは、一番もったいない!

何事もやってみなきゃわからないのだから!
 

私の願いは、
たったひとつ!

誰もが自己表現をできる社会!


 「73億総自己表現社会!!!」


自己表現に取り組むことで
その鍛錬に夢中になり、集中し、葛藤する。

そして成長する。

自分で自分と闘う。

自分との闘いに夢中になると、
人の事は気にならなくなる。

人と争ってる暇がなくなる。

そもそも、人生は
「自分との闘いの場」である♪

他人との闘いではない。

持って生まれた環境も自分で選び、
この世に生まれ、

今世で、どれだけ、
自分で自分を切磋琢磨し、

レベルアップ、
バージョンアップできるかに掛っている。


今世でレベルアップができて終えることができたら、

次世でレベルアップした状態から始めることができる。

そのために生まれてくるのだ。
(と、私は思っている。)

 
「自分との闘い」はかなり大変。

だいたい、時間が掛る!

(あのイチロー選手だって、
 小学校3年生の時から野球をお始めになったのだ。)

ということは
他人と闘ってる暇がなくなる。


ということは、
いじめもケンカも
争いごとも戦争も無くなる!
(と思う!)


人類すべてが
自己表現に取り組める社会が理想♪

みんながみんな、自分の良い所を磨く。

そして、それが他の人を支えることに役立つ。


生まれてきた人すべての人が自分を表現し、
相手を必要とし、
支え合って、
協力し合って生きる世界。
 

そんな世界になったら、
どんなにステキだろうか!!!
 

そして、ご自分を表現するための一つの選択肢に、
「パントマイム表現が
普通に取り入れられる社会にすること」が、

私、
「パントマイム伝道師♪シスターひろみ」の
今世の最大のミッションである!


だって、人は千差万別だもの!


あの人には合ってるけど、
自分には合わない、
という場合も多々あるでしょ。

 
だとしたら、
自分に合う物を探せる環境にあることが
どんなにステキか!

 
私の願いは、
世界の隅々まで、
「パントマイム表現」を知らせること。

多くの先達が作り上げてくださった
このステキな表現を
途切れさせるわけにはいかない。

世界のどこかにいる、
私みたいな子
(勉強もできず、器量もそれほどでもなく、運動音痴)に、
パントマイム表現という選択肢が届くこと!


そして、
ゆくゆくは、

「パントマイム伝道師」を廃業することが、
夢である。


パントマイム表現が世界中に届いたら、
もうパントマイム伝道師は
必要なくなるでしょ。

パントマイム表現の存在が、
社会の常識になるのだから。

(キリスト教や仏教やヨガのように)

民主主義の最大の素晴らしさは
選択肢が多いということ!

(アマゾンやドンキホーテが楽しいのって
 そういうことだよね。)

パントマイムを知ってみると、やってみると、
こんなに楽しいことがあるよ♪ということを、

お伝えすることが私の仕事♪

パントマイムに取り組むと、
以下のような
とってもステキな効果がある♪


1.身体を動かすことが楽しくなる♪

2.自分を表現することが楽しくなる♪

3.感情の解放が可能になる♪

4.周りのみんなを楽しませることができる♪

5.観察力がアップする♪

6.想像力がアップする♪
   

あなたが
パントマイム表現と出会って、

あなたの人生が
楽しくなることのお手伝いをさせていただくのが
シスターのお仕事♪

(もちろん、
 シスター自身が思いっきり
 楽しませていただきながら♪)

    
さあ、ちょっとだけやってみない?
知ってみない?

パントマイムを♪
 

新しいご自分に、出会えるよ!\(^0^)/

 
あなたの大切な人生に、

このステキなパントマイムを

活かしてくださいね♪
 

長文のご精読、ありがとうございました!m(__)m

 
                    パントマイム伝道師♪
                    シスターひろみ(細川紘未)


 ★追伸 
 
    もうお気付きかと思いますが、 
    私が神様からいただいた最大の才能は、
 「究極の楽天性」だと思います。(o^^o)
 


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hero163 at 13:30 Permalink Comments(0) 細川紘未とは | 初めての方へ

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