July 16, 2005

並木孝雄ソロ公演「マイムマイン」より


 パントマイムは、無言で、無対象で動く、
そのことによって一つの世界を作り出そうとする。
 
 無言であるだけならば、ダンスもそうだし、
無対象というだけならば、演劇にそういう作品がある。
パントマイムは、無言で無対象で動かなければならない。
 
 パントマイムがもしリリックでファンタジックである
ならば、それは、無言で無対象で語られる話がリリック
でファンタジックであるのではなく、無言で無対象で動
く、そのこと自体が、リリックでファンタジックでなけ
ればならないし、パントマイムが、もし滑稽であるのな
ら、それは、話の転回、変化が滑稽なのではなく、無言
で無対象で動く、そのこと自体が滑稽でなければならな
い。そしてもし、パントマイムが見る人の感動をさそう
とすれば、それは、話の内容が感動的なものではなく、
無言で無対象で動くことによって、作り上げた空間その
ものが、人々を感動させなければならない。
 
 パントマイムはただ一人でできる。それが大きな魅力
であると思ってきた。しかし冷静に考えてみれば、演劇
だって一人で出来るし、ダンスだってもちろんそうだ。
なぜことさら、それをパントマイムの魅力と思ったのか。
今になってみれば、一人で稽古場にこもり、客観という
目にふれず、自己の中で、じくじくとした情念を培養し、
それを放出するのに、無言という状態が適していたから
だと思う。
 
    それならダンスという方法も良いはずだが、
      それはめぐりあわせの妙というやつで、
        僕はパントマイムに出会った。

 
                    並木孝雄
 
1978年7月19日、「マイムマイン」公演パンフレットより(抄)

 


hero163 at 23:28 Permalink Comments(0) TrackBack(0) 並木孝雄氏について 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 

aamall